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東京地方裁判所 平成9年(ワ)5845号 判決

原告

甲野太郎

被告

第一生命保険相互会社

右代表者代表取締役

森田富次郎

右訴訟代理人弁護士

中町誠

右当事者間の地位確認請求事件について、当裁判所は、平成一一年一二月二四日に終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

原告が、被告における職員たる権利を有する地位にあることを確認する。

第二事案の概要

本件は、被告の営業職員から労働契約関係のない外務嘱託に編入された原告が、右編入は無効であるとして、元の職員たる地位の確認を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、生命保険業を営む相互会社である。

2  原告は、昭和五四年九月に被告の研修職員補として採用され、昭和五五年一月からは被告と労働契約関係のある営業職員(昭和五五年当時は外勤職員と呼んでいた。)として、生命保険契約の募集の業務に従事していた者である(後記編入時の資格は営業主任補。)。

3  被告は、営業職員の成績に応じて資格を変動させているが、その一環として、成績基準を満たさない営業職員との労働契約を終了させて委任契約である外務嘱託契約に移行し(被告では、これを「編入」と呼んでいる。)、編入後六か月以内に成績基準を満たし営業職員に復帰できない場合には外務嘱託をも解嘱する制度を設けている(以下「外務嘱託編入制度」という。)。

4  被告は、原告が成績基準を満たさないとして、平成七年四月一日付けで原告を外務嘱託に編入し、原告にその旨通知した(以下「本件編入」という。)。

5  被告は更に、原告が六か月以内に成績基準を満たさなかったとして、平成七年九月三〇日付けで原告を解嘱した。

二  争点

本件編入の有効性

三  当事者の主張

1  原告

(一) 外務嘱託編入制度の無効

(1) 終身雇用を主体とする営業職員労働契約において、労働基準法二〇条その他の手続を経ることなく、契約の性格が全く異なる、委任契約である外務嘱託へ、使用者の一方的意思で労働者の身分を変更することは、使用者から受ける賃金のみを生活の糧とし、社会保険等の利益を受ける労働者の生活の破綻をももたらす著しく不利益な取扱いである。このような不利益な取扱いを認める制度や合意は、不対等劣勢な労働者の利益保護に最低限の基準を示す労働基準法の立法趣旨に照らせば、当然に無効である。

(2) また、労働契約法理上も、使用者の一方的意思で、終身雇用としての労働契約を、契約の内容が全く異なる外務嘱託に変更することは許されず、このような場合には、双方の合意による労働契約の終了手続と新たな契約の締結を必要とするというべきである。

(二) 労働基準法一五条違反等

(1) 外務嘱託編入を許す制度や合意が仮に可能であるとしても、労働基準法一五条の趣旨にかんがみ、就業規程等の中で、労働条件としての、委任契約の内容が何であるかが明示されるべきである。ところが、原告・被告間の契約及び被告の就業規程中の外務嘱託に関する部分は、待遇内容が明示されていないから労働基準法一五条に違反するものであって無効である。

(2) また、その身分の変更は、解雇そのものに相当するか、解雇を前提とし、解雇と同時に実行されるものであるが、変更の理由が成績基準の未達を原因とするものである以上、職員就業規則上の、退職・解雇・懲戒免職の条項に成績基準の未達を理由とする規定が当然に必要であるが、職員就業規則にそのような規定はないから、本件編入は無効である。

(三) 労働基準法二〇条違反

職員最低資格の維持条件が未達でも、外務嘱託への編入とされない事例は多数あり、勤務状態良好の者の場合は、それが慣行的な取扱いとなっている。したがって、本件編入は、物理的に時期到来が当初より決定されている、定年による労働契約の条件的自動終了ではなく、個別に状況を詮議検討して行われる解雇であるから、三〇日前の解雇予告が必要である。それにもかかわらず、被告は三〇日前の解雇予告をしなかった(被告が、平成七年三月八日及び同月一五日に行った通知は三〇日前ではない上、解雇予告ともいえない。)から、本件編入は、労働基準法二〇条に違反するものであって無効である。

また、外務嘱託編入後も本人の努力如何で営業職員当時と同様の収入の確保が十分可能であるとの被告の主張も事実に反する。

(四) 権利の濫用

原告は、バブル景気の崩壊による市場の冷え込みと、特定時期に解約・失効が集中して成績の引戻し等のため資格維持のための成績に大幅な不足を来し、成績の不足から必然的に発生する資金の極端な低下による営業活動資金の枯渇等が挙績の低下に拍車をかけて、回復に相当の時間を要する状況であった。そして、資格維持基準未達者は相当多数に及んでいるのであり、原告が被告から解雇という重い処分を受ける理由はない。(成績の引戻し自体、労働基準法二四条等に違反するものであって無効である。)

(五) 不当労働行為

本件編入は、原告の突出した労働組合活動を忌避する意図でされたものであり、不当労働行為であるから無効である。

2  被告

(一) 外務嘱託編入制度の適法性

外務嘱託編入制度は、採用時の契約書、営業職員就業規則(及び同規則が引用する諸規程)並びに原告が所属していた第一生命労働組合と被告との間の労働協約によって、合意が成立しているところである。

そして、この制度は、所定の成績基準を満たさない(換言すれば本来解雇相当の成績不良者たる)営業職員について、直ちに解雇という硬直的な方法をとらず、営業職員としての地位はいったん終了するものの、外務嘱託という委任契約上の地位にさせた上で、自己管理のもとで保険の募集活動を行わせ、本人に収入を得る途を与えるという当該営業職員にとっては極めて有利な制度である。しかも、外務嘱託へいったん編入されても、所定の成績を達成すれば、営業職員へ復帰する権利も留保され、さらに復帰すれば、復帰後の期間も退職金支給の勤続年数に通算される等の優遇措置も講じられている。

したがって、外務嘱託編入制度は労働基準法に反するものではない。

(二) 契約の明確性

外務嘱託の法的性格が委任契約であること及びその主たる契約内容は、採用時の契約書、営業職員就業規則(及び同規則が引用する諸規程)並びに原告が所属していた第一生命労働組合と被告との間の労働協約によって明確である。したがって、労働基準法一五条に反するものではない。

(三) 解雇予告の要否について

外務嘱託編入制度は、営業職員の身分の終了と新しい委任契約たる外務嘱託契約への移行の複合的性格を有する制度であり、この制度は、当事者間及び労使間であらかじめ包括的に合意されているものである。そして、営業職員の身分の終了は、営業職員の資格としては最低資格となる養成職員の成績基準を満たさないという客観的事由によって発生するから、右を理由とする自動的終了事由であって解雇ではない。したがって、労働基準法二〇条の適用を受ける理由はない。

また、本編入制度は、営業職員から外務嘱託へと身分変動が生ずるものの、引き続き当該職員と被告との間には外務嘱託たる法的関係は継続していて、本人の努力如何で営業職員当時と同様の収入の確保は十分可能であるから、労働者の突然の解雇から生活の困窮を緩和するという労働基準法二〇条の規制の対象外であることが明らかである。

仮に外務嘱託編入について同法二〇条の適用があるとしても、被告は原告に対し、平成七年三月八日又は遅くとも同月一五日には予告を行っているのであり、予告手当支払義務は残余の日数に相当するものに限られるべきである。

(四) 本件編入の正当性

(1) 原告の成績は、平成六年四月の判定時には、営業主任補の資格を維持をするための成績基準(以下「資格維持基準」という。)に件数で〇・六件不足し、同年一〇月の判定時にも同資格に件数で一・五件、継続率で一三・一パーセントの不足があったが、原告の所属部署から陳情がなされ、本社としても比較的未達が少ないことを考慮して資格維持を認めた。

(2) 平成七年四月の定時判定時における原告の成績は、営業主任補資格維持に件数で六・九件、効率成績で五五一五万不足し、養成職員の資格維持基準にも件数で二・九件、効率成績で三一一五万不足していた。しかも、件数については、平成六年一〇月から同七年二月までの間で、一件未達が三回に及び、未達解決の意欲の欠如が歴然と示されていた。この間、所属長が資格維持に向けて再三の指導を行ったが、逆に記念月である平成七年二月は件数が〇・七件に落ち込むなどした。

(3) この期間の原告の成績は、件数及び効率成績が当時の営業主任補だけでなく養成職員全体の平均値と比較しても著しく低い。

原告は、自己の右期間の成績の劣悪について、バブル経済の崩壊に責任転嫁する。しかし、右の影響は、他の営業職員にも等しく言えることであるが、当時の営業職員の九〇パーセント以上(営業主任補及び養成職員に限定しても八二・二パーセント)が養成職員の資格維持基準をクリアしており、他の営業職員は、自助努力によって、これを克服していることが明らかである。

また、平成七年四月の定時判定において原告と同様に営業主任補から外務嘱託に編入された者は三八名いたが、そのうち効率成績では原告が最下位であり、件数も下位グループにあり、原告より件数及び効率成績が悪い者はいなかった。更に、当時営業主任補の資格にあった六三四九名のうち、件数が七件未満で効率成績一七〇〇万未満の者は、原告を含む三四名であり、そのうち同年四月の時点で疾病・傷病で休務していた者を除くと下位から三番目で、原告より成績の低い二名は、期間途中まで療養休暇を取っていた者及び同居親族の世話・葬儀等で活動ができなかった者であった。

(4) 以上のとおり、原告の成績は著しく劣悪であったものであり、被告が原告を外務嘱託に編入した措置が正当であることは明らかである。

(5) 不当労働行為意思の不存在

本件編入は、原告の労働組合活動を忌避する意図でしたものではない。

第三当裁判所の判断

一  認定事実

前記争いのない事実、証拠(〈証拠・人証略〉、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  外務嘱託編入制度に関する合意・規程等

(一) 契約書

原告が研修職員補として被告に採用された際に取り交わされた契約書(〈証拠略〉)の表面には、裏面記載の研修職員補契約条項により、研修職員補を委嘱すること、契約締結後の身分変更は別に定める会社の内規によって行い変更の都度会杜(ママ)が本人に通知すること、右の身分変更をした場合には裏面記載の条項によって変更した身分に従いその後の契約を継続し別に契約書を更改しないこと等が記載されていた。

また、契約書の裏面には、研修職員補契約条項、外勤職員契約条項及び外務嘱託契約条項の記載があり、研修職員補契約条項としては、会社の委任により会社の生命保険契約の募集を行う、会社は別に定める規定により支払うことになった報酬を支給する、研修職員補は右のほか費用報酬等を会社に請求しないこと等が、外勤職員契約条項としては、外勤職員の給与及びその他の労働条件は外勤職員就業規則及び諸規則の定めるところによること等が、外務嘱託契約条項としては、研修職員補契約条項を準用すること、委嘱期間は六か月間を限度とし、この期間内に職員に復帰できない場合は解嘱すること、連続三か月間無実績の場合は翌月に解嘱すること等が記載されていた。(なお、昭和五五年当時外勤職員と呼ばれていたものが、その後営業職員と呼ばれるようになったことは、前記第二の一2のとおりである。)

(二) 職員資格選考規程

被告の職員資格選考規程(営業員〔Ⅰ〕)(〈証拠略〉)は、職員の資格の昇降格、編入・維持及び外務嘱託との間の編入に関する事項を定めている。

そして、同規程の五条及び別表が資格判定に際しての成績基準を定めており、原告が本件編入当時属していた営業主任補の資格維持基準を「前月を除く直前六か月間通算効率成績七一四〇万以上かつ前月を除く直前六か月間挙績件数通算一三件以上かつ総合一三回目継続率八四パーセント以上」、営業員の資格の最下位である養成職員の資格維持基準を「前月を除く直前六か月間通算効率成績四七四〇万以上かつ前月を除く直前六か月間挙績件数通算九件以上かつ総合一三回目継続率八四パーセント以上」と定めている。なお、同別表では、外務嘱託に編入された者が養成職員に復帰するための成績基準として、右の養成職員の資格維持基準に加えて、前月を除く直前六か月間に各月一件以上の挙績が必要である旨定めている。

また、同規程一八条は、職員のうちそれぞれの資格への編入・維持の月から各資格維持期間経過後において勤務基準、成績基準のいずれかを満たさない者については、選考のうえ、それぞれの基準に基づき対応の資格又は外務嘱託に編入する(一項)、前項の選考にあたっては成績基準未達であっても勤務状態、活動実態等を総合的に判断し、資格を維持させることが適当であると認められる者については、資格を維持させる(二項)と定めている。なお、被告は、昭和五七年四月一三日付け通達や昭和六三年二月一六日付け覚書でも、機械的な判定ではなく総合評価であることを強調している(〈証拠略〉)。

(三) 外務嘱託取扱規程

被告の外務嘱託取扱規程(〈証拠略〉)は、外務嘱託は一定水準以上の成績を期待しうる者であって、会社と委任契約を締結し、自己管理のもとで募集活動を行うものとする(二条)、委嘱の斯間は六か月間を限度とし、この期間内に職員に復帰できない場合は、解嘱することとする。なお、連続三か月間無挙績の者は翌月解嘱する(三条)、外務嘱託に対する報酬は募集手当及び外務嘱託奨励金とする(四条)、募集手当は当月に計上された効率成績に対万六二・五六円を乗じた金額とする。ただし、当月に計上された効率成績がマイナスとなった場合には、マイナスとなった効率成績に対万六二・五六円を乗じた金額を引戻すこととする(五条)、外務嘱託奨励金は当月に計上された純基準成績に応じて下表(略)のとおりの金額とする(六条)、報酬の支払日は毎月二五日とする(七条)と定めている。

(四) 労働協約

被告と原告も所属していた第一生命労働組合とは、原告が採用されるより以前から、被告の就業規則等と同内容の労働協約を締結してきており、前記職員資格選考規程及び外務嘱託取扱規程も同様である(〈証拠略〉)。

2  成績・資格判定資料

(一) 被告が営業職員の成績を判定する際に用いる数値には、保険金額・保険料に一定の係数を乗じて算出される「基準成績」、ある保険契約が約款の規定に基づき失効・解約等により消滅した場合やいったん消滅した保険契約が約款の規定に基づき復活した場合等に、当該保険契約の基準成績が増減される「純基準成績」がある。

(二) また、職員資格選考時には、前記1(二)のとおり、「効率成績」「挙績件数」「継続率」が用いられるが、このうち「効率成績」とは、保険料の払込方法及び保険料の入金回数に応じて、基準成績が月単位に分割計上されるものであり、「継続率」とは、一定期間に成立した保険契約のうち一定期間(通常一年間)経過後も有効に継続している契約数の割合である。また、「挙績件数」については、職員資格選考規程(営業員〔Ⅰ〕)付則で成績・引戻・復活取扱規程に定める換算件数(成立した契約数が基準成績に応じて修正された数)とするものとされ、更に、被告は、高額契約等につき加算を認める件数加算奨励策をとり(〈証拠略〉)、これらにより修正された後の件数を「職選件数」と呼んで、この「職選件数」によって成績を決定していた(平成六年当時。以下、単に「件数」というときは、この「職選件数」を指す。)。

(三) 効率成績について、被告は、営業職員就業規則、営業員給与規程(営業員〔Ⅰ〕)及び成績・引戻・復活取扱規程に基づき、例えば保険料の払込方法が月払いかつ銀行口座振替の場合、保険料の入金回数に応じて、初回に二五パーセント、二回から一二回までの各回・一五回・一八回・二一回及び二四回にそれぞれ五パーセントというように二年間に分割して計上し、その間の二回目から六回目の間に失効・解約等により保険契約が消滅した場合には計上済みの効率成績をすべて引き戻し、七回目から一二回目の間に消滅した場合には計上済みの効率成績から四〇パーセントを残した効率成績を引き戻していた(いずれも平成六年当時。)。

3  本件編入に至る経緯等

(一) 原告が昭和五五年一月に被告に営業職員として登用されて以降、その資格は、研修職員Ⅰ期、Ⅱ期、Ⅲ期、営業副主任、営業主任、育成所長、営業主任、特別営業主任と変遷していったが、平成五年四月からは営業主任補となっていた(〈証拠略〉)。

(二) 被告は、資格毎に資格判定の時期に違いを設けており、営業主任補については、毎年四月と一〇月に資格判定を行うこととしている。その選考対象期間は、四月実施のものが前年九月から当年二月まで、一〇月実施のものが当年三月から八月までである。(〈証拠略〉)

(三) 原告の成績は、平成六年四月の判定時には、営業主任補資格維持基準に件数で〇・六件不足し、同年一〇月の判定時にも同資格に件数で一・五件、継続率で一三・一パーセントの不足があったが、原告の所属部署である都心総合支社神田第三営業オフィスの大島茂オフィス長の陳情(再判定申請)により、営業主任補の資格維持が認められた。

(四) 平成七年四月の定時判定時における原告の成績は、営業主任補資格維持に件数で六・九件、効率成績で五五一五万七〇〇〇不足し、養成職員の資格維持基準にも件数で二・九件、効率成績で三一一五万七〇〇〇不足していた(〈証拠略〉)。

同年三月八日ころ本社から示された概算の資格判定資料による判定が原告の新資格を外務嘱託とするものであり、また、同月一五日ころの確定資料に基づく判定も同様であったことから、大島オフィス長は、原告と相談の上、養成職員にとどまれるよう本社あてに二度にわたり陳情を行ったが、被告は、同月三〇日、原告の新資格を外務嘱託とするとの最終的な判断をし、大島オフィス長は同日、口頭で原告にその旨伝えた。

(五) 原告の平成七年四月の定時判定時における成績不振の原因の一つは、大口・多件数の契約のあった企業の経営悪化による保険料の未払い・解約が集中して発生し、効率成績が大幅に引き戻されたことにある。大島オフィス長は、右の点を指摘して陳情を行ったが、被告は、右の点を考慮しても効率成績の不足が大きいことや、件数の未達が大きく、新契約獲得のための活動・意欲が不足していると考えられたことから、外務嘱託編入を決めたものである。

なお、当時の営業職員の九二・七パーセント(営業主任補及び養成職員に限定しても八二・二パーセント)が養成職員の資格維持基準を満たしており(〈証拠略〉)、原告の成績は、件数及び効率成績が当時の営業主任補や養成職員全体の平均値と比較して著しく低いものであった(〈証拠略〉)。また、平成七年四月の定時判定時に営業主任補の資格にあった六三四九名のうち、件数が七件未満で効率成績一七〇〇万未満の者は、原告を含む三四名であり、そのうち同年四月の時点で疾病・傷病で休務していた者を除くと下位から三番目で、原告より成績の低い二名は、期間途中まで療養休暇を取っていた者及び同居親族の世話・葬儀等で活動ができなかった者であった(〈証拠略〉)。更に、原告と同時期に営業主任補から外務嘱託に編入された者は三八名いたが、そのうち効率成績では原告が最も低く、効率成績の基準を達成しながら件数不足のため外務嘱託に編入された者も一二名いた(〈証拠略〉)。

4  本件編入前後の報酬

原告が、本件編入前に得ていた報酬(給与)は、平成六年一〇月分が一八万一九〇三円、同年一一月分が二〇万一九一五円、同年一二月分が二〇万〇一二七円、平成七年一月分が一三万四二六四円、同年二月分が一二万八〇六四円、同年三月分が二三万二三〇五円である。

原告が、本件編入後に得た報酬は、平成七年四月分が五万九五九九円、同年五月分が七万七八二七円、同年六月分が二万二六二二円、同年七月分が四万六〇一三円、同年八月分が二万三五九一円、同年九月分が一一万三九一八円である。

5  原告の組合活動

原告は、第一生命労働組合に所属していたが、平成五年ころには、同組合と被告が引戻しを強化する労働協約を締結したことに反対して、弁護士に鑑定意見書を作成してもらって組合本部につきつけて釈明を求めたり、営業職員に雇用保険が掛けられていないことについて、組合の委員長に問い質し、被告の担当者に質問状を出すなど、積極的な活動をしていた。

二  判断

1  原告の主張(一)(外務嘱託編入制度の無効)について

(一) 前記一1の各認定事実によれば、原告・被告間の契約は、当初は委任契約であったものであり、これを使用者である被告の意思表示により、労働契約へ、そして労働契約から委任契約である外務嘱託へ移行することがあることが、あらかじめ包括的に合意され、被告の諸規程及び労働協約もそのように定められていたものである。そうすると、当初の研修職員補としての契約(委任契約)、営業職員としての契約(労働契約)及び外務嘱託としての契約(委任契約)は、形式的にはそれぞれ性質の異なる別契約であるが、それぞれは他と無関係に併存しているのではなく、より大きな、全体としての契約の一部と位置付けて理解することが実体に合致するというべきである。すなわち、営業職員としての契約を中心とし、研修職員補としての契約はその前段階としての試用期間的なもの(営業職員への編入が本採用)として、外務嘱託としての契約は、営業職員として成績基準を満たさない者との契約を六か月後に終了させるまでの経過措置(ただし、労働契約復活の余地も残されている。)として位置付けて理解するのが相当である。

(二) 労働基準法は、同法が各条文で具体的に定める基準に達しない労働条件を定める労働契約を無効としているものであって(一三条)、個々の条文を離れ、原告が主張する同法の立法趣旨というような抽象的なもので、本来自由である当事者間の契約が当然に無効になると解することはできない。また、当事者が合意により、あるいは就業規則等で、成績基準を満たさない者を解雇し、一切の契約関係を終了させる旨定めることも自由であるが、直ちに一切の契約関係を終了させるのではなく、労働契約復活の余地も残した経過措置を設けることも許されるというべきであって、後者の方が前者よりは労働者にとって有利である(なお、この場合には、労働者は、その申し出により一切の契約関係を終了させることもできるというべきである。)。

したがって、外務嘱託編入制度が労働基準法の立法趣旨に照らし当然に無効であるとの原告の主張は採用できない。

(三) また、使用者が一方的な意思表示により労働契約を委任契約に移行させることは当然にはできないが、あらかじめ一定の条件下で契約を移行させる旨の合意・規程等がある場合に、使用者がその合意・規程等に基づき契約を移行させることが労働契約法理上許されないということはできないのであって、この点についての原告の主張も採用できない。

2  原告の主張(二)(労働基準法一五条違反等)について

(一) 外務嘱託編入後の待遇は前記一1の合意・規程等から明確であるというべきであり、原告の主張は理由がない。(なお、前記第二の三1(一)(2)の主張のように、労働契約と委任契約との性格の違いを強調するのであれば、むしろ委任契約に関する部分については労働基準法の適用はないというのが一貫するというべきであり、いずれにせよ原告の主張は採用できない。)

(二) また、外務嘱託への編入が解雇としての性格を有するとしても、就業規則の退職・解雇・懲戒免職の条項中に規定がなければならないという理由はないから、原告の前記第二の三1(二)(1)の主張も採用できない。

3  原告の主張(三)(労働基準法二〇条違反)について

前記一1(二)、同3(三)の各認定事実並びに原隆の陳述書(〈証拠略〉)及び証言によれば、外務嘱託に編入するかどうかは、成績基準を満たさないという一事から自動的に決まるものではなく、勤務状態、活動実態等を総合的に判断して被告が決定しているものであると認められる。そうすると、外務嘱託への編入は、使用者である被告が一方的な意思表示により労働契約を終了させるものであり、解雇としての性格を有しているということができないではない。

しかし、営業職員としての契約(労働契約)と外務嘱託としての契約(委任契約)は、より大きな、全体としての契約の一部と位置付けて理解することが実体に合致することは前記1(一)のとおりであるところ、このように考えるならば、外務嘱託への編入の意思表示は、契約全体を終了させる意思表示ではなく、六か月後に契約を終了させる旨の予告と位置付けることができるものである。また、労働基準法二〇条は、突然の解雇による労働者の生活の困窮を緩和することを目的とするものであるところ、本件においては、外務嘱託への編入後も、原告・被告間の契約関係は存続し、原告は被告から報酬を受領することができるのであるから、同条が適用を予定している解雇には当たらないというべきである。

よって、原告の主張は採用できない。

4  原告の主張(四)(権利の濫用)について

本件編入に至る経緯等は、前記一3のとおりであって、原告が成績基準を満たさなかったことは明らかであり、また、他の営業職員の成績、同時期に外務嘱託に編入された者との比較からいっても、被告が原告を外務嘱託に編入したことが恣意的なもので、権利の濫用であるということはできない(なお、効率成績の引戻しが労働基準法等に違反するものでないことは、この点を主要な争点とする原告・被告間の別件訴訟(第一審・当庁平成八年(ワ)第二四三四〇号、控訴審・東京高等裁判所平成一〇年(ネ)第四五三二号)において確定済みというべきである。)。

よって、原告の主張は理由がない。

5  原告の主張(五)(不当労働行為)について

原告が、本件編入が原告の突出した労働組合活動を忌避する意図でされたものであると主張する根拠として、本人尋問で供述した原告の組合活動は前記一5のようなものである。しかし、これらは平成五年ころ行われたものであるところ、平成六年四月の判定時及び同年一〇月の判定時のいずれにおいても、原告の成績が営業主任補資格維持基準に不足があったにもかかわらず、被告が、原告の所属オフィスのオフィス長の陳情を受けて、営業主任補の資格維持を認めたこと(前記一3(三))に照らせば、被告が原告の組合活動を嫌悪して不利益な取扱いをする意思を有していたとは認められないというべきである。

よって、原告の主張は理由がない。

三  結論

以上のとおりであるから、本件編入は有効であり、原告の請求は理由がない。

よって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯島健太郎)

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